顔が小さいね。言われた瞬間、嬉しさと、ほんの少しの引っかかりが同時に来る。
引っかかりの正体は、褒められていないことじゃない。あの言葉は、その人の顔をよく見ていなくても言えてしまう。だから情報が少ない。
違和感を一つずつ分けて、どこから来ているのかを見ていこう。読み終わる頃には、次に言われた時の返しも決まっている。
顔が小さいと言われて、素直に喜べない
言われて悪い気はしない。それなのに、何かが満たされない。この感覚を持っている人は、けっこう多いと思う。
その違和感は、褒められていないからではない
小顔は日本では褒め言葉として通用している。だから、言った側に悪意はほぼない。むしろ好意的な意図で出ている。
それでも満たされないのは、褒められた内容が自分の中身と関係ないから。努力でも性格でも選択でもなく、寸法の話をされている。
嬉しいのに削られる感じがあるなら、その感覚は正確に働いている。無視しなくていい。
観察が要る褒め言葉と、要らない褒め言葉
褒め言葉には二種類ある。
一つは、相手をよく見ないと言えないもの。笑った時の目の形、話す時の間の取り方、選んでいる色。これを言うには、その人を数分間ちゃんと見る必要がある。
もう一つは、遠目でも言えるもの。顔が小さい、背が高い、髪が長い。全体の形で判断できるから、細かく見ていなくても口に出せる。
顔が小さいは、後者に近い。褒め言葉としては本物でも、含まれている観察の量が少ない。だから、受け取っても見られた感じがしない。
私も同じだった。最初の何回かは嬉しかった。五回目あたりから、他に言うことがないのかな、と思うようになった。
一度だけ、まったく違う手ごたえがあったことがある。友人が、笑った時の目の形が好き、と言ってくれた時。褒め言葉としては軽いのに、こちらのほうがずっと残った。見られていたことが伝わったから。
その言葉の後に何が続いたか思い出す
判定に使えるのは、続きの有無。顔が小さいね、で終わったのか。その後に別の話が続いたのか。
顔小さいね、それでその後に髪型や服の話が続いたなら、あなたを見ている。そこで会話が終わって別の話題に飛んだなら、場をつなぐ一言だった可能性が高い。
思い出すだけだから、誰にも何も伝わらない。
他に褒めるところがないから言われているのでは
一番刺さる不安がこれだと思う。ここは正面から扱う。
埋め合わせとして使われる時の特徴
外見を褒める必要がある場面で、目や鼻や口の話をするのは踏み込みすぎになる。かといって何も言わないのは失礼になる。
その隙間を埋めるのに、顔の大きさはちょうどいい。個別の部位に触れずに、外見を肯定できるから。だから、埋め合わせとして選ばれやすい言葉ではある。
ただ、埋め合わせとして使われたことと、他に褒めるところがないことは、同じじゃない。使いやすいから選ばれただけで、他が無いから選ばれたわけではない。ここは分けておきたい。
本当にそう思っている場合との見分け
見分けるのは簡単で、その人が他の場面で何を褒めるかを見る。
具体的な部分を褒める習慣がある人が、顔が小さいと言ったなら、実際にそう感じている。誰に対しても外見の話が抽象的な人なら、その人の語彙の問題。
つまり、言葉の中身より、言った人の話し方の癖を見たほうが早い。
言った相手との距離を確認する
初対面か、何度も会っている相手か。ここで意味が変わる。
初対面なら、社交の一部として出ている確率が高い。何年も知っている相手が言うなら、社交辞令を使う必要がないから、そう思っている確率が上がる。
同じ言葉でも、距離によって重さが違う。
男性から言われるのは、脈ありなのか
期待したくなるところ。ただ、この言葉は判定材料としてかなり弱い。
初対面で使いやすい言葉になっている理由
会話の入り口として優秀すぎるのが問題。褒めているので好印象を作れて、外見に触れているのに下品にならず、相手も否定しやすいので会話が続く。
つまり、下心があってもなくても、同じ場面で同じように出る。使い勝手がいいから、多用される。
私は合コンで、初対面の男性が全員の女性に順番に同じことを言っている場面を見たことがある。三人目まで数えて、それが挨拶の一種なんだと理解した。あの日の学びは大きかった。
誰にでも言っているかどうかの確かめ方
その場に他の女性がいるなら、同じことを言っているか観察する。二人きりなら確かめようがないので、判定を保留にする。
保留にできるかどうかが、実は一番大事。分からないものを無理に決めると、その後の判断が全部ずれる。
二回目の会話で何を言われたかを見る
初回は誰にでも言う可能性がある。二回目以降は違う。
二回目に、前回の会話を覚えている素振りがあるか。外見以外の話をしてくるか。ここに関心の有無が出る。
顔が小さいと二回言われたなら、それはその人の口癖。別のことを言われたなら、あなたを見た結果として出ている。
同性から言われる時の、微妙な感じ
男性から言われる時と、空気が違う。この違和感も、たぶん正しい。
距離を測る言葉としても働く
同性同士の場合、外見を褒める言葉には距離を測る働きが加わることがある。
親しさを示す場合もあるし、あなたはそちら側の人という線引きになる場合もある。同じ言葉が、近づく方向にも、区別する方向にも使われる。
だから受け取り方に迷う。迷うのは、実際に両方の可能性が混ざっているから。
羨ましさと線引きが混ざっている場合
いいなあ、私なんて、と続く形。ここには羨ましさと、自分との違いを確認する動きが同時に入っている。
悪意とは限らない。ただ、その会話が続くと、こちらは謙遜し続けることになる。自分を下げる作業を延々やらされる形になりやすい。
受け取り方を先に決めておく
その場で考えると疲れるから、先に決めておく。褒め言葉として受け取る、それ以上は考えない。この方針を持っておくだけで消耗が減る。
裏を読み続けると、相手の意図を推測する時間が積み上がる。その時間は返ってこない。
返し方が分からない、否定も肯定もしづらい
実用面で一番困るのがここだと思う。
否定は相手に気を遣わせ、肯定は自慢に見える
そんなことないよ、と否定すると、相手はもう一度褒め直す作業をすることになる。優しさを要求する形になってしまう。
ありがとう、とだけ返すと、素直ではあるけれど、場面によっては受け止めすぎに見える。特に同性の集まりでは、空気が固まることがある。
どちらも正解になりきらないから、毎回迷う。
受け取ってから、相手に返す
うまくいくのは、受け取ったうえで相手へ渡す形。ありがとう、と言った後に、相手の話へ移す。
髪切った、その色いいね、そのピアスどこの。何でもいい。褒め言葉を止めずに流すと、こちらが受け止めすぎた形にならない。
謙遜も自慢も回避できて、しかも会話が続く。
台詞を一つだけ用意しておく
その場で考えると固まるので、決め台詞を一つ持っておく。ありがとう、そう言われると照れる、で足りる。
一つあれば、どの場面でも使い回せる。考える時間がゼロになるのが一番の利点。
今日の一歩は、これ一つだけ
次に写真を撮る時、顔の前に手やピースを置かない。それだけ。
相談を受けた女性に、顔が小さいとしか言われないのが気になる、という人がいた。話を聞くと、写真では必ず顔の一部を隠していたし、話す時も前髪で目元が隠れていた。
隠すのをやめると、褒め言葉の中身が変わっていく。手をどけるだけ。今日撮る一枚から始められる。

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