おおらかな人は、細かいことを感じていないわけじゃない。感じたうえで、これは戻せると分かっているから慌てない。
その判断を支えているのは、性格ではなく経験の量。失敗して、戻れた回数がどれだけあるか。
おおらかな人は、何が違うのか
同じ場面にいても、片方は動じず、片方は前の晩から考えている。この差はどこから来るのか。
気にしていないのではなく、戻れると知っている
おおらかな人を見ていると、鈍感に見えることがある。実際には、気づいていないわけじゃない。
違うのは、その先の予測。失敗しても取り返せる、揉めても直せる、遅れても間に合う。この予測を持っていると、事前に構える必要がなくなる。
心配は、戻れないと思っている時に強くなる。取り返しがつかない可能性が見えているから、先回りして防ごうとする。ここが分かれ目。
特徴として並ぶものは、原因ではなく結果
細かいことを気にしない、人を許せる、焦らない、機嫌が安定している。特徴として挙げられるのは、だいたいこの辺り。
ただ、これは原因じゃない。戻れると知っているから、そう振る舞える。順番が逆になっている。
だから、細かいことを気にしないようにしよう、と決意しても効かない。気にしないのは結果なので、直接そこを掴もうとしても手が滑る。
羨ましいと思った場面を一つ思い出す
今日やるのは思い出す作業。最近、この人おおらかだな、と感じた場面を一つ。
その時、相手は何をしていたか。何もしなかったのか、さっと対処したのか。ここを見ると、羨ましさの中身が具体的になる。
誰にも何も伝わらないし、三分で終わる。
どういう育ち方が関係しているのか
失敗した後に何が起きたか、の積み重ね
育ちの影響として一番大きいのは、失敗した後の扱い方だと考えられている。
失敗しても、そこまで大きな罰が来なかった。怒られても短時間で終わって、次の日には普通に戻っていた。こういう経験が積み重なると、失敗は一時的なものだという感覚が育つ。
逆に、失敗すると長く責められた、機嫌が何日も戻らなかった、そのたびに家の空気が変わった。こういう環境では、失敗を防ぐ方向に力を使うようになる。防ぐしかないから、先回りが上手くなる。
私は後者だった。家では、一度の失敗が何日も続いた。だから、起きる前に防ぐ癖がついた。今もその癖は残っている。
自分で決めさせてもらった経験の量
もう一つ効いていると言われるのが、決定の経験。
何を着るか、どこへ行くか、何を選ぶか。小さいことでも、自分で決めて、その結果を自分で受け取る。この往復を何度も経験すると、決めることへの怖さが減る。
先回りして全部決められていた場合、決定は誰かのもので、結果だけが自分に来る。この形だと、選ぶこと自体が怖くなる。
どちらが良い悪いという話ではない。守られていた面もあるし、事情もある。ただ、今の傾向がどこから来ているかは知っておいていい。
自分の失敗の記憶を一つ書き出す
紙に一つ書く。子どもの頃、失敗した時に何が起きたか。
長く続いたか、短く終わったか。この一つを見るだけで、今の自分の反応の出どころが見える。
親を責めるためにやるのではない。原因が分かると、対処の場所が決まるから。
育ちで決まるなら、もう変えられないのか
ここが一番大事なところ。ここを間違えると、読んだ後に動けなくなる。
決まっているのは出発点であって、現在地ではない
育ちで決まるのは、スタートの位置。何を怖いと感じやすいか、どこで身構えるか。この癖は確かに残る。
ただ、現在地は別。癖は残っていても、そこから積み上げたものが上に乗る。大人になってからの経験は、上書きではないけれど、追加はされる。
決定論として受け取ると、そこで終わる。出発点の話として受け取ると、続きが書ける。
回復の経験は、大人になってからも積める
私の場合、変わったきっかけは仕事だった。かなり大きなミスをした。取引先に迷惑をかけて、その日は眠れなかった。もう終わったと思った。
三か月後、誰もその話をしなくなっていた。半年後には、私しか覚えていなかった。
あの一件で、心配の量が明らかに減った。性格が変わったんじゃない。戻れた経験が一つ増えただけ。それでも効いた。
戻れた経験を三つ数える
やることは数えること。過去に、もう駄目だと思ったのに、結果的に戻れたこと。三つ思い出す。
仕事でも、人間関係でも、体調でも。三つ書き出すと、自分がすでに回復の経験を持っていることが見える。
持っているのに数えていなかっただけ、という人がけっこういる。
おおらかに見える人が、実は準備している
もう一つ、見落とされやすい部分がある。
動じない人は、先に決めてある
相談を受けた女性は、夫のおおらかさを羨ましがっていた。何が起きても慌てない、と。
夫本人に聞いてもらったところ、答えが意外だった。彼は、うまくいかなかった時にどうするかを、先に決めていた。だから起きても慌てなかった。
備えがあると、動じない。動じないから、おおらかに見える。実際にやっていたのは、心配の前倒しだった。
無防備さと、おおらかさは別のもの
何も考えていない人と、備えた結果として落ち着いている人は、外から見ると似ている。中身はまるで違う。
何も考えていない人は、実際に起きた時に崩れる。備えている人は、起きても手順を実行するだけで済む。
だから、おおらかさを目指す時に、考えるのをやめる方向に行くと失敗する。減らすのは考える量ではなく、答えの出ない考えの量。
心配ごとを一つ、対処だけ決めておく
やり方は簡単。今の心配ごとを一つ選んで、起きた場合にどうするかを一行だけ決める。
起きるかどうかは考えない。起きた時にどう動くかだけ決める。これで、頭の中を回っていたものが一つ減る。
備えておくと、その場で慌てなくて済む。落ち着いて見える人は、これを日常的にやっている。
気にしすぎる自分を責めてしまう
心配する力は、失われると困る働きでもある
細かいことに気づく力は、そのままでは欠点じゃない。準備ができる、危険に早く気づく、相手の変化を拾える。
実際、心配性の人が仕事で信頼されている場面はよくある。抜けが少ないから。
問題は力そのものではなく、使う場所と量。起きるかどうか分からないことに、何時間も使ってしまう部分。
減らすのではなく、置き場所を変える
心配をやめようとすると、やめられない自分を責めることになる。責めると、さらに疲れる。
やめるのではなく、置く場所を決める。頭の中で常時動かすのをやめて、時間と紙に移す。
移すと、同じ量の心配でも、消耗が減る。回り続けるのが一番きついので、回転を止めるだけで違う。
心配する時間を、一日一回に集める
具体的には、一日十分、心配する時間を決める。その時間に書き出して、それ以外の時間に浮かんできたら、後で考えると決めて置いておく。
最初はうまくいかない。それでも続けると、頭の中を占める時間が減っていく。
心配をなくす方法ではなく、心配と一緒に過ごす方法として使う。
今日の一歩は、これ一つだけ
今いちばん心配していることに、起きた場合の対処を一行だけ書く。起きる確率は考えなくていい。
もし起きたら、まず誰に連絡するか。どこに行くか。何を先にやるか。どれか一つで足りる。
おおらかさは、何も感じないことじゃない。起きても戻せると分かっている状態のこと。その状態は、備えを一つ持つだけでも近づく。
書くのは一行だけ。今日のうちに、一つ決めておこう。

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