男は若い女が好きは本能か。理想として語る年齢と、選ぶ相手は違う

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男は若い女が好きというのは、事実なのか

この言葉を見るたびに、少し削られる。何度も見ていると、自分の価値が毎年下がっていく気がしてくる。

傾向としての報告はある、ただし条件がつく

進化心理学の分野では、複数の国を対象にした調査で、男性が配偶者に望む年齢が女性より若い方向へ偏る傾向が報告されている。この結果自体は、一つの事実として扱っていい。

一方で、批判も長く続いている。文化や時代による差が大きいこと、質問への回答と実際の行動がずれること、経済的な条件が変わると選好も変わること。同じデータをめぐって、解釈がいくつも並んでいる状態。

つまり、傾向はある。全員に当てはまる法則ではない。この二つは両立する。

本能という言葉が、そこで話を止めてしまう

やっかいなのは、本能という単語のほう。これを付けた瞬間、変えられないもの、逆らえないもの、議論する意味のないものになる。

実際には、人の好みは状況で動く。誰と出会うか、どんな生活をしているか、何を求めている時期かで変わる。固定された機能というより、条件次第で揺れるもの。

本能だと言い切る説明は、話を短くするには便利で、正確さは落ちる。便利さのほうを取ると、その先を考えなくなる。

言説と、身の回りの実例を並べてみる

今日やるのは、比べる作業。ネットで見る言説と、自分の周りで実際に起きていることを並べる。

友人や同僚が結婚した相手は、何歳差だったか。思い出せる範囲でいい。ここに大きなずれがあるなら、言説のほうを一度疑っていい。

私は30代半ばの頃、この言葉に何年も削られていた。婚活の場で年齢を聞かれるたびに身構えていた。転機は、周りを数えた時。同年代の友人が結婚した相手は、ほぼ全員が同年代だった。言説の中では若さが全てなのに、目の前の現実は違っていた。

理想として語る年齢と、実際に選ぶ相手は違う

ここが一番大事な区別になる。

理想は、制約がない状態での回答

どんな相手がいいかと聞かれた時、人は制約のない前提で答える。相手の合意も、出会う確率も、生活の相性も、頭から抜けている。

だから理想の年齢は、実際より若い方向へ振れる。誰でも選べる立場だと仮定した時の答えだから。

同じ人が、実際に交際する相手を選ぶ場面では、条件がまるで違う。出会える範囲の中から、相手も自分を選んでくれる中から決めることになる。

実際の選択には、接触と相互の関心が入る

現実の選択には、少なくとも三つの条件が入ってくる。会える場所にいるか、相手もこちらに関心を持つか、生活が噛み合うか。

理想の年齢だけを満たしても、この三つが揃わなければ関係は成立しない。逆に、三つが揃えば、年齢は優先順位の中で下がる。

婚活の場で、年下ばかり希望している男性に会ったことがある。条件は一貫していた。ただ、三年間、誰とも成立していなかった。理想を持ち続けることと、相手が得られることは、別々に動いていた。

周囲の既婚者の年齢差を数える

やることは数えること。身近な既婚のカップルを五組思い浮かべて、年齢差を書き出す。

同年代が多いはず。大きく離れている組があっても、全体の中では少数になる。この数字が、言説より現実に近い。

数えるだけだから、誰にも何も伝わらない。

短期の関心と、長期の選択では見る場所が違う

もう一つ、分けておくと楽になる区別がある。

同じ人でも、場面によって基準が動く

短い関わりを想定している時と、長く一緒にいる相手を探している時では、見る場所が変わる。そう説明されることが多い。

短い関わりでは、外見の指標の比重が上がりやすい。長い関係を考える場面では、価値観、安定感、会話が続くかどうかの比重が上がる。

若さが強く働くのは、前者の場面。だから、若い女性が好きだと公言する人が、結婚相手には同年代を選ぶ、という現象が起きる。矛盾しているようで、見ている項目が違うだけ。

自分がどちらの土俵に立っているかを確認する

ここを間違えると、消耗する。

短い関わりを求めている人が集まる場所で、長期の相手を探すと、年齢が不利に働く場面が増える。逆に、結婚を前提にした場では、優先される項目が変わる。

土俵を選び直すのは、年齢を変えるより現実的でしょ。

相手が何を聞いてくるかを見る

判定材料は、相手の質問。仕事の話、休日の過ごし方、家族のこと、将来の話。この種の質問が出るなら、長期の項目を見ている。

外見の話ばかり、写真の要求が多い、会う前から夜の予定を提案してくる。この形なら、別の項目を見ている。

会話の中身を数えると、その人がどちらの土俵にいるかが分かる。

年齢を気にするほど、動けなくなる

ここが、この言説の一番の害だと思う。

変えられないものに使った時間は戻らない

年齢は変えられない。考えても、悩んでも、一ミリも動かない。

それでも考えてしまうのは、答えが出ないから。答えの出ない問いは、いつまでも回り続ける。回している間、他のことをする時間が消えていく。

動かせるものはある。会う人の母集団、会話の中身、体調と姿勢、相手を選ぶ側に立つかどうか。どれも今日から触れる。

諦めの言説は、行動を止めることで現実になる

男は若い女が好き、という言葉を信じ切ると、行動が止まる。行動が止まれば、出会いも止まる。出会いが止まれば、何も起きない。

何も起きないと、やっぱりそうだったと確認したことになる。言説が正しかったのではなく、行動を止めたから何も起きなかった。

この輪から出るには、言説の真偽を決着させるより、行動を一つ戻すほうが早い。

年齢を理由にやめたことを一つ書き出す

紙に一つ書く。この一年で、もう歳だからと考えてやめたこと。

服、髪型、習い事、婚活、誘いへの返事。何でもいい。書き出すと、削られた量が見える。

それでも若さを求める相手には、どうするか

現実に、条件として年齢を挙げる人はいる。ここも扱っておく。

求め続ける人が、得られるとは限らない

条件を出すこと自体は自由。ただ、条件を出した人が、その条件を満たす相手に選ばれるかは別の話。

相手にも選ぶ権利があるから、希望を出しただけでは何も起きない。この当たり前が、意外と見落とされている。

だから、年齢を条件に挙げる人を見て焦る必要はない。その人の希望と、その人の現実は、こちらの現実と関係がない。

選ばれる側に立ち続けない

一番消耗するのは、常に選ばれる側にいる状態。査定される場所に居続けると、自己評価が落ちていく。

こちらにも条件がある。譲れない部分、一緒にいたい人の種類、避けたい振る舞い。これを持っている人は、査定される感覚が薄れる。

条件を一つ、こちらから出す

やることは、自分の条件を一つ言葉にすること。仕事を大事にする人がいい、話を最後まで聞く人がいい、休日を一緒に過ごせる人がいい。

一つ決めておくと、会話の中で確認する視点が生まれる。見られている側から、見ている側へ位置が変わる。

今日の一歩は、これ一つだけ

自己紹介や会話から、年齢を先回りして詫びる一言を消す。もう若くないので、この歳ですが、おばさんですが。この種の前置きを外す。

先回りして下げると、相手はそこに注目する。こちらが持ち出さなければ、年齢は数ある情報の一つで済む。

言わないと決めるだけ。今日の会話から始められる。

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