優しい彼氏が怒ると怖い理由、落差の怖さと、別の怖さを分ける

普段は穏やかな人が、怒った瞬間だけ別人に見える。あの落差の説明は、心理の面からある程度つく。

ただ、怖いという感覚は二種類ある。時間が経てば薄れるものと、放っておくと積み上がるもの。この二つを分けないまま我慢すると、判断がどんどん難しくなる。

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優しい人の怒りが、なぜあれほど怖く感じるのか

同じ声量で怒られても、普段から怒りっぽい人と、めったに怒らない人では、受け取る側の衝撃がまるで違う。ここには理由がある。

落差が大きいほど、予測が外れる幅も大きくなる

人は、相手の反応をある程度予測しながら会話している。この人はこう返してくるだろう、という見込みを持って話している。

優しい人と接する時、その見込みは穏やかな方向に振れている。だから怒りが出ると、予測との差が大きくなる。この差の大きさが、そのまま衝撃の大きさになる。

普段怒っている人が怒っても、予測の範囲内だから驚かない。落差が怖さを作っている部分は、確実にある。

普段の穏やかさが、判断の基準を作ってしまう

もう一つ働いているのが、基準の問題。優しい状態が標準になっていると、そこから外れた時の逸脱が大きく見える。

同じ言葉でも、その人が言うと重い。普段言わない人が言ったから、意味があると受け取ってしまう。

つまり、怖さの一部は、その人の普段の良さが作っている。これは相手が悪いという話ではなくて、そういう仕組みになっているというだけ。

その時の自分の感情を、一語で書いてみる

今日やるのは、一語だけ書くこと。あの瞬間、驚いたのか、怖かったのか、悲しかったのか。

驚きなら、落差が原因の可能性が高い。怖いなら、次の項目を読んでほしい。この区別が、後の判断を分ける。

怖さには、二つの種類がある

ここが一番大事なところかもしれない。同じ怖いという言葉が、まったく違う二つを指している。

落差による怖さは、時間とともに薄れていく

一つ目は、驚きから来る怖さ。予測が外れたことによるもの。

この種類は、時間が経つと薄れる。その人が怒る場面を何度か見て、どういう時に怒るのかが分かってくると、予測の幅が広がるから。

怒った理由が理解できて、その後に話し合いができて、次から気をつけようと思えるなら、この範囲。関係の中で処理できる。

予測できない怖さは、慣れずに積み上がる

二つ目は、何で怒るのか分からない怖さ。同じことをしても、怒る日と怒らない日がある。理由を聞いても、はっきりしない。

この種類は慣れない。むしろ逆で、時間が経つほど気を張る量が増えていく。予測できないから、常に警戒することになる。

そして、こちらの行動が少しずつ変わっていく。怒らせないための選択が増えて、自分がしたいことが後ろに下がる。ここが問題の本体になる。

怒った理由を、自分の言葉で説明できるか試す

判定に使えるのはこれ。前回怒った時、何が原因だったかを、自分の言葉で説明できるか。

説明できるなら、理解可能な怒りだった。まったく説明できない、あるいは説明しようとすると、こちらの態度が悪かったから、という形にしかならないなら、そこは注意して見ていい。

紙に書くだけだから、誰にも伝わらない。

人前では、絶対に怒らない

制御できているなら、それは選ばれている

怒りが本当に抑えられないものなら、場所を選ばずに出るはず。上司の前でも、友人の前でも、店員に対しても。

でも、多くの場合そうならない。人前では穏やかで、二人きりの時にだけ出る。ここに意味がある。

制御できているということ。制御できているなら、二人きりの時に出しているのは、出しても大丈夫だと判断されているから。

私にも経験がある。優しい人だった。怒った時だけ別人になった。最初は、それだけ本気なんだと思っていた。愛情の裏返しだと解釈していた。

考えが変わったのは、友人といる場面で同じことが起きるか観察した時。一度も起きなかった。何度確かめても、外では穏やかなままだった。あの時、怖さの種類が変わった。

二人きりの時にだけ出るものの意味

これは、その人が悪人だという話ではない。ただ、無意識であっても、出す相手と場面が選ばれているのは事実として残る。

選べるということは、変えられるということでもある。だから、伝える価値はある。同時に、伝えても変わらないなら、それも情報になる。

第三者がいた場面を三回思い出す

やることは思い出す作業。他の人がいる場所で、機嫌が悪くなった場面が三回のうち何回あったか。

ゼロなら、制御されている。人前でも同じように荒れるなら、感情のコントロールそのものが苦手な人だと分かる。どちらでも、次の考え方が変わる。

怒った後に優しくなるので、混乱する

怒鳴られた翌日、いつもより優しい。謝ってくれる。プレゼントを買ってくれることもある。ここで判断が止まる人が多い。

落差が繰り返されると、判断する力が鈍る

怖い時間と、優しい時間が交互に来ると、どちらが本当の相手なのか分からなくなる。

しかも、優しい時間があると、怖かった時間の記憶が薄まる。あれは特別だった、疲れていただけ、と処理してしまう。

繰り返されるほど、判断の基準が揺れる。揺れている状態では、自分の感覚を信じられなくなる。これが一番きついところ。

最後に謝っているのが誰かを見る

判定材料として使えるのがこれ。怒った出来事が終わる時、誰が謝っているか。

相手が謝って終わるなら、まだ対等な関係が残っている。こちらが謝って終わる形が続くなら、そこは見ておきたい。

もう一つ、なかったことにされる場合もある。翌日、何事もなかったように振る舞われる。話題に出すと、まだ言ってるの、と返される。この形も、処理されていないという意味では同じ。

怒りの後の展開を、三回分並べる

直近三回、怒った後にどうなったかを書き出す。誰が謝ったか、話し合いがあったか、なかったことになったか。

並べると、繰り返しのやり方が見えてくる。感覚ではなく記録で見ると、揺れが減る。

怒らせないように気を遣って、疲れている

ここまで読んで、心当たりが増えた人もいると思う。最後にこの点を扱う。

行動が、怒らせないためだけに寄っていく

最初は小さいことから始まる。この話題は出さないでおこう。この日は会わないほうがいい。返信は早くしよう。

一つずつは些細な調整。ただ、積み上がると、生活のかなりの部分が相手の機嫌を基準に組まれていく。

気づきにくいのは、こちらが自分で選んでいるように見えるから。実際には、選択肢が減っている。

我慢の量ではなく、選べる数で測る

自分がどれだけ我慢しているかを数えても、答えが出にくい。我慢は主観だから。

代わりに数えるのは、選べなくなったことの数。会える友人、行ける場所、着られる服、送れる連絡。以前はできて、今はためらうもの。

これが増えているなら、関係の中で自由が減っている。誰が悪いかの話ではなく、状態として起きていること。

なお、怒鳴られる、物を壊される、外出や連絡を制限される、体に触れられる。こういう場面があるなら、二人で解決しようとしなくていい。

この一か月でやめたことを数える

今日やるのは数えること。この一か月で、彼を怒らせないためにやめたことがいくつあるか。ゼロか一つなら、まだ関係の中で調整できる範囲。出てくるなら、自分の生活がかなり削られている。数えるだけなら、誰にも気づかれない。

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